
私の姉が長年の読者で、数年前に姉がこのコーナーのリンクを送ってくれたのがきっかけでCUBEさんのサイトと秋山さんのアドバイスのファンになりました。
先日、大学時代の部活同窓会のようなイベントがあって、少し上の先輩と少し下の後輩を含めた今も繋がりがあるメンバーの集まりかと思って出掛けたのですが、
上の世代は全く知らない停年後の60代の方たちが3~4人いらしていました。
それ自体は別に構わないのですが、同じ時期に活動した仲間同士が久しぶりに会って話が盛り上がっている時に、主催者が一番若い女性2人(とは言ってもアラフォーです)を
接待要員のように先輩方と同じテーブルに無理やり座らせようとしたことで問題が起こってしまいました。
私を含む女性陣が「昭和時代の会社の飲み会じゃないんだから」と年下の2人をかばったところ、年齢が上の男性陣を中心に「昭和の時代は良かった」、
「男に逆らわない、おしとやかっていう女性が沢山いた」という話で盛り上がり始め、
お酒が入ったことで、その内容が昭和の風俗店の話や「セクハラ、モラハラなんて言われない時代は良かった」と、女性陣に腹立たしい内容になってきました。
しかも集まった女性陣は1人を除いて全員仕事をしていたのですが、大先輩方にはそれも気に食わなかったようで、
「昭和の時代に男が企業戦士として働けたのは、女が結婚したら家に入って、夫を支えて子供を産むっていう社会構造が出来ていたからだ。そのままでいたら少子化の問題なんて起こらなかった」とか言い出し、
その会は昭和の男尊女卑を懐かしむグループと、そんな話に加わりたくないグループに分かれてしまいました。(幸いこちらの方がずっと人数が多かったですが...)
女性や比較的若い世代の男性陣は「企業がコンプラでセクハラとかパワハラを問題視したところで、昭和時代の頭の固い男性は時代の変化について行けない」
、「あのまま歳を取って停年すると、絶対再就職先が見つからない」というような老害話で盛り上がってしまいました。
時代が流れて共働き家庭が増えて、職場や家庭での男女平等意識が広まったように言われても、
実際はそれに合わせているふりをしているだけの男性は多いような気がしていて、若い男性でも交際中は男女平等、家事分担と言っておきながら、結婚したら本性を出す人が少なくないようです。
日本の男性が変わらないのは、今も昭和信仰が強いことが理由の1つだと思っていますが、今NYにお住まいの秋山さんから見て昭和ってどんな時代だったのでしょうか。
そして昭和時代の男尊女卑が正しいと思っているような人達を、 グウの音も出なくなるように論破する方法は無いでしょうか。
愚痴っぽい質問ですが、お考えを聞かせて頂けたら嬉しいです。
これからも応援しています。
ー H ー
日本のSNS等を見ていて、何度か昭和時代のカルチャーを懐かしむ投稿を目にしたことがありますが、その中にはセクハラという概念が無かった時代の
性的モラルの緩さを懐かしむものも含まれていました。
今から思えば昭和時代のドラマでは男性を罵倒する台詞として「お前は男じゃない、女の腐ったのだ」というセンテンスが頻繁に使われていました。
子供時代の私はその台詞に何の疑問も抱いておらず、外に出て働く男性の方が、家で家事と子育てをする女性より偉いという考えを植え付けられていたように思います。
ですが小学校に行けば女児のほうが発育が早いので 男児よりも身長が高く、遅刻や忘れ物の常習犯や、授業中に落ち着きのない態度を取るのはもっぱら男児だったので、
同級生の男児には優越性を見出すことは無かったと記憶しています。
昭和時代はTVがカルチャーの中心でしたが、昼間からレイプ・シーンが放映されるなど、性的コンテンツを規制する放送モラルは存在していませんでした。
ジョークや流行語、CMにも性的モラルが欠落したものが多々ありましたが、当時の女性には社会的信頼性も無く、
男性の倫理観で全てが回っていました。
当時に比べると日本のTVコンテンツは欧米先進国にかなり近づきましたが、今も日本のTV局が女性を捉える画像は欧米だったら問題視されるものが決して少なくないのが事実です。
私は昭和末期に”OL”として丸の内の上場企業に就職しましたが、仕事内容はワープロで原稿を打ち、コピーを取って会議資料を作るといった事務作業、電話応対、備品補充、男性社員の出張の飛行機や新幹線の手配などで、お茶汲みは入社二年目に廃止されましたが、要するに妻が家庭で夫のためにする役割の会社版をこなしている感じでした。
また当時は、上司でもない男性社員が女性社員に「もっとにこやかに」、「女性らしく、男性を敬うべき」とお説教をしても全く問題視されることは無く、昭和の時代は家でも会社でも
女性が男性の世話をして、セクハラ、モラハラ発言の概念さえ知らずに受け入れる時代でした。
でも昭和の男性の誰もが企業戦士としてバリバリ働いていたかと言えばそうではなく、私が実際に会社勤めを始めて感じたのは 男性が外でやっている仕事の方が、休憩や息抜き、社費を使った娯楽や贅沢が沢山あって、女性の家事と子育てよりも楽そうだということでした。
もちろんバリバリ働く男性も居ましたが、企業というのはさぼっている社員の低生産性を一握りの有能、もしくは勤勉な社員が補うことで回っている様子、そして「出世は能力や人柄とは無関係」という世の中の仕組みを見せつけられました。
これは私だけが感じたことではなく、何処の企業でも新入社員から古参社員までもが男女を問わず語っていたことでした。
私が渡米後の1990年代初頭、日本のバブル経済真っ只中にNYタイムズ紙で読んで、今でも忘れられないのが日米企業の労働効率の比較記事で、企画書1つを仕上げるのにアメリカなら担当社員が自分で書類をタイプし、上司が内容をチェックして、訂正がある場合はそれを加えて提出というシンプルな工程。しかし日本は、担当者まず手書きで原稿を仕上げ、それを女子社員がワープロで打ち、担当者がチェックしてから課長、部長がそれぞれ判を付くまで手書き&ワープロでの訂正が入るというもので、時間が掛かる上に非効率で、それを残業をしながらこなす日本社員の様子が指摘されていました。
ですから昭和の企業戦士を自負する人々が 今の若い世代よりもずっとバリバリ働いていたかと言えば、私は決してそうではないと思っていて、むしろその後、コンピューター、ワードやエクセル等のソフトウェア、そして何よりインターネットが普及したことで業務は大きく効率化され、スピーディーになりました。反面、円高とグローバル化が進んで競争が激化し、仕事に束縛される時間とプレッシャーが増えたことから、労働効率が上がっても決して楽になることはありせんでした。
それに比べると昭和の時代は円も燃料も安く、景気の追い風が日本に吹いていたので、手書き書類と電卓作業、そしてスポ根精神で真面目に出勤さえしていれば、殆どの人生は何とかなったのです。
当時も今も、家事が出来ない男性は洗濯機の回し方さえ知らないと言われますが、昭和時代の男性社員もコピー機のソーターが使えなかったり、ファックスが原本ごと送られるマシンだと勘違いしていたりと、
偉そうで何もしない人ほど いろいろ驚かせてくれたのを覚えています。
また昭和時代の女性社員は男性のお説教やセクハラ発言を大人しく聞いてはいましたが、お茶汲みが長く続いていた企業では
嫌いな男性社員のお茶に雑巾のしぼり汁を入れたり、虫の死骸をディップしたりと、陰湿なリベンジが行われていましたし、
私が居た会社でも女子社員が男性社員の間違いに気付いていても、あえて指摘せずにトラブルになるまで放置するようなことは日常的でした。
これは女性に間違いを指摘されると不愉快になる男性社員が多かったせいもありますが、私が昭和時代に一緒に
働いた女性達の中には敵に回すと裏で何をされるか分からない恐ろしさを持つ人が何人も居ましたし、そういう女性達の方が男性の前では作り笑顔で服従するタイプでした。
中には”噂”という女性が持つ最大の武器を駆使して、気に入らない人間は女性でも男性でも陥れて、人事に影響力を持つ”お局女性社員”も居ましたが、
そういう人ほど下からあまり情報が上がって来ない部長クラスの情報源として重宝がられていました。
そんな現場を見て来た私の意見では、昭和の時代の女性の方が従順で、態度が良かったというのは、表面だけを捉えた男性の思い込みであるケースも多いように思いますし、
その本性に気付かずに結婚したせいで、残業と称して家に帰りたがらない、もしくは接待と称して毎晩のように飲み歩く男性が決して少なくなかったのも昭和時代です。
「カカア天下」という言葉が生まれたのも戦後の昭和ですので、三つ指をついて夫の帰りを迎えるような妻は、少なくとも昭和40年代以降の都市部には殆ど居なかったように認識しています。
過ぎた時代を過剰に美化するのは典型的な人間心理でもありますが、特に変化を嫌う人々は 無意識のうちに過去を書き換え、記憶の摩り替えをしているケースが多々あるようです。
男尊女卑については、育った環境だけでなく、その時々で置かれている環境によって簡単に植え付けられてしまうようです。
日本ではSNS上で取り沙汰される”女叩き”で染まってしまうケースがあるようですが、米国育ちで、男女平等思考を持っていたイスラム教の夫が、
母国に戻った途端に暴力をふるうDV暴君に変貌したストーリーは珍しくありません。何方のケースも「女に舐められるな、ビシッと躾けろ」という
周囲の主張に染まっていく訳ですが、男性の方が体力的に勝って、精神的に弱いとことも この状況に拍車を掛けているように思います。
加えて男性でも女性でも、人間は自分にとって楽な方に流される傾向が顕著ですが、男尊女卑の思考が男性の立場を楽にしているかと言えばそうでもありません。
女性を下に見ているからこそ 細かいことで馬鹿にされたと感じたり、自分を上に見せようと不必要な競争心に駆り立てられたり、自分にとって不利な意地を張るケースが多いので、
そんな態度さえ取らなければ愛情や心遣いがもらえるはずの状況で、逆に自分を追い詰めたり、孤独にしているように見受けられます。
確実に言えるのは、文句を言わずに我慢している人ほど、男性でも女性でも内側にドロドロしたものを抱えているということで、
言うべきことを言ってくれる人の方が遥かに気を許して付き合えるものです。
アメリカでも男尊女卑の時代には、黒人男性の方が白人女性よりも先に参政権を得ていますし、離婚が違法の時代もありました。
その時代には夫が原因不明の死を遂げるケースがかなりあったようで、当時はいちいち司法解剖などしなかったので、早い話が妻が夫に毒を盛るケースが決して少なくなかったようです。
これは前述のお茶汲みのリベンジに通じるものがありますが、同様のことは現代のレストランでも サーバーが理不尽で態度の悪い来店客の料理に小細工をするような形で行われています。
要するにどんな形でも他者を軽んじる、もしくは無闇に攻撃する態度を取れば、自分が知らないだけでちゃんと復讐されている、もしくは不平不満が貯まりに貯まった状態での報復を受けるケースは多いのです。
その意味で私は 論破のように悪感情を相手に植え付けるだけのことに考えを巡らせるのはお薦めしません。
論破によって勝った気になっているのは本人だけで、相手の中では怒りとフラストレーション、そして復讐心がどんどん大きくなります。
人生は建設的で、楽しく、幸せなこと、現在とその先にある未来にフォーカスすべきものです。過去からは学ぶべきですし、価値ある伝統は守るべきですが、
後ろばかり向いて過去に戻ろうとするのは 事実上の劣化であり後退です。
さらに言えば他の経済先進国において、日本の昔ながらのおもてなしや、気遣い、そして勤勉な労働は相応の対価を払ってこそ手に入るものです。
それをタダでやって当たり前、安月給や派遣社員で賄って当たり前の社会にしてしまったからこそ経済規模がどんどん小さくなっているのです。
そんな日本社会上層部の根底にあるのは、自分を支える妻の存在を当たり前だと捉えて、相応の対価を払う必要性を感じない男尊女卑思考と大差がありません。
人間の思考は、一事が万事なのです。 今後の日本経済のためにも、古く、不利益な考えは払拭して、男女が効率良く支え合う社会を実現してほしいと願うばかりです。
Yoko Akiyama
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |


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