Dec. Week 1, 2023
Lottery Winner & Dogwalker
宝くじ当選と名画売却で翻弄される2人の人生


今週は通常のアドバイスをお休みして、つい最近アメリカで報じられた2人の男性のストーリーが 個人的にとても興味深かったので、それについて書かせていただこうと思います。

先ず1つ目は、今年1月に宝くじ、メガミリオンで、米国史上4番目に当たる13億5000万ドルの賞金を手にしたメイン州の男性のストーリー。
アメリカの宝くじは当選が出ない場合、賞金が繰り越しになるシステムで、メガミリオンは1~70までの中から5つの番号を選び、1~25の中からメガボール・ナンバーを選び、 全てがマッチすれば賞金全額が得られるジャックポット。 アメリカは州ごとに宝くじの賞金に掛かる税率も異なれば、当選者のID公開についても義務付ける州と、未公開のまま賞金が受け取れる州があり、 メイン州はID未公開が許される州。ちなみに もしこの男性が当選宝くじを、あと1.6キロ 車で走って ニューハンプシャー州で購入していたら、税金は520万ドルも安くなっていたのだった。
多くの宝くじの当選者がIDを未公開にしたがる理由は、言うまでもなく親類縁者が賞金をたかって来るため。 ここで「No」と言えないロッタリー・ウィナーは、ローンに追われる親兄弟の支払いの肩代わりを強要され、子供の学校、教会、様々なチャリティに寄付をたかられ、 お金を払わなければ人間関係が崩壊する脅しを受けるのが定番のシナリオ。 加えて多額の賞金を得たことが知られれば、誘拐を含む犯罪のターゲットになり、それを防ぐためのセキュリティ費用が嵩むことから、 あっという間に以前より貧乏になったり、最悪の場合、倒産に追い込まれるケースが非常に多いのだった。
そのためメイン州の男性は、賞金一括払いの税引き後の手取り額、約5億ドルで自分の人生が狂うことを恐れて、 誰にも宝くじ当選を話さないと決心。しかしたった1人だけ彼が打ち明けたのが、彼の1人娘を生んだパートナーのサラー。 とは言ってもサラーが口外するのを恐れた男性は、 「娘が18歳になる2032年6月1日までは宝くじ当選と賞金について誰にも話さない、違反したら 1人に口外するごとに10万ドルのペナルティを支払う。どうしても話さざるを得ない状況が発生した場合は、書面で状況説明をした上で許可を求める」という内容の NDA (Non Disclosure Agreement / 守秘協約)を弁護士を交えてサラーと取りかわしてから告白したのが 今年2月のこと。 男性とサラーの間には婚姻関係はなく、彼らが当時同棲していたか等の 詳細については報じられていないのだった。

やがて今年9月になって男性が知ったのが、サラーが自分の父親と継母に 複数回の電話を通じて、 宝くじ当選について話していた事実。しかもどちらかが男性の姉に それを喋っていたことも発覚。 男性はメイン州の小さな田舎町特有のゴシップ好きのメンタリティを十分理解しているだけに、 その時点で既に噂がどんどん広がっていることを悟って絶望したとのこと。
現在男性は、サラーに対してNDAを破った損害賠償の訴訟を起こしている最中で、NDAによれば2人に口外した彼女に生じるのは20万ドルの支払い。 しかしこの金額は彼女の経済状態を上回る額で、そもそもこのペナルティは、決して口外しないようにと脅しをかける目的の金額。 協約を結んだ時点では、双方がペナルティを支払うことなど、想定さえしていなかったのだった。 例えサラーが20万ドルを支払ったとしても、今後男性に待ち受けている身内を含む人間関係のゴタゴタ、身の危険やセキュリティに掛かる費用、 引っ越しや法的プロテクションの費用、娘の教育への悪影響などに比べたら、取るに足りない微々たる金額。
男性は娘が18歳になるまで、派手に賞金を使うつもりが無かったのが明らかなだけに、 何故サラーにだけ打ち明けたのかは知る由もないけれど、彼としては唯一信じた人物に裏切られるという最悪の形で露呈したのが誰にも知られたくなかった秘密。
この男性は、NDAよりも 私が尊敬するベンジャミン・フランクリンの 「Three can keep a secret if two of them are dead / 3人で秘密が守れるとすれば、そのうちの2人が死んだとき」という 語録の意味を真剣に考えるべきだったと思うけれど、 「誰にも知られたくないことは、誰にも言わない」というのは人生の鉄則。 日本語で言う「墓場まで持っていく」という表現にしても、 そのセンテンスと共にいかに多くの秘密が語られてきたかを思うと、それを本当に実践する人がいかに少ないかが容易に想像出来るのだった。


名画オークションの明暗


2つ目のストーリーの主役となるのは、リタイアしたNY在住のドッグ・ウォーカー、マーク・ハーマン(68歳)。
彼は以前、弁護士 イシドール・シルバー氏(87歳)の犬の散歩を引き受け、彼とは親しい友人関係になっていたとのこと。 そのシルバー氏が1967年に担当したのが、当時の著名画家チャック・クローズがマサチューセッツ大学を相手取って起こした裁判。 同大学がチャック・クローズの展示会を開催するに際して、ヌードを描いたものを全て排除しようとしたことから、クローズが合衆国憲法修正第一条、表現の自由を訴えて 起こしたのがこの裁判で、当時のメディアで大きな注目を集めるニュースになっていたのだった。
晩年、愛犬のトイ・プードルを溺愛していたシルバー氏は、自分に代わって毎日の散歩を担当してくれるハーマンを深く信頼しており、 ある時、彼の晩年生活の資金になるようにとプレゼントしたのが チャック・クローズの裁判の原因となった作品のうちの1枚(写真上右側)。 パステル・カラーで描かれたヌードの抽象画は、マサチューセッツ大学が展示を拒んで以来、クローズが展示を禁じていた作品。 シルバー氏は、裁判で嵩んだ弁護料と引き換えにこの作品を受け取ったようで、 「クローズの作品は、過去のオークションで480万ドルで落札されたことがある」と説明されたハーマンは、 現在アートが値崩れし難い投資対象になっていること、 そして何より1967年の裁判で話題を集めた問題作であることが評価されて、1000万ドルで落札されるのも夢ではないと考えるようになっていたのだった。

ところがオークションの2日前になって、同作品を競売リストから外したのがサザビーズ。理由はオーセンティシティが確認出来ないため。 それでも絵画の売却を諦めなかったハーマンは その後数ヵ月間、作品がクローズの物であることを証明するために奔走。 そうするうちにマサチューセッツ大学関係者が見つけてくれたのが当時の学生新聞。 そこに掲載されていたクローズの展示会の記事に、問題の絵を持ってポーズするチャック・クローズ本人の写真が掲載されていたことから、状況は一転。 絵は無事にオークションにかけられることになったのだった。
しかしながらその落札価格は これだけの紆余曲折の割には拍子抜けと言える僅か4万ドル。 落札されてからハーマンは、チャック・クローズが複数の女性からセクハラや性的虐待の訴えを受けていたこと、そのせいで#MeTooムーブメント以降、 彼の作品の価格が下がり続けていたことを知らされたのだった。
そうするうちにハーマンに絵画をプレゼントしてくれたシルバー氏が死去。彼は家族から礼金5000ドルを受け取って、愛犬のトイ・プードルを引き取ることになり、 「絵画を売却した大金でハンプトンに家を買って、犬と一緒に暮らしたかった」と本音を告白。
そのハーマンは犬好きが高じて リタイア後にドッグ・ウォーカーをしていたとは言え、オーディオとビデオ関連の小さな企業のオーナー。 今回のことで、「自分はビデオとオーディオ、ジャズについての知識はあっても、アートについては何も知らないと悟った」と語り、 「人生が変わってしまう大金よりも、自分がしてきたことに見合った対価が受け取れたのはラッキーだった」と、サバサバした態度でメディアの取材に応じていたのだった。
するとこのバックストーリーがNYタイムズで報じられたことから、落札されたクローズの絵画は 展示の申し込みが相次ぐ人気ぶり。 そしてハーマンのところに舞い込んだのが、この一連のストーリーをハリウッド映画にするオファー。これは 例え映画化が実現しなくても、ストーリーを売ることで彼の手元に億円前後の収入が舞い込むことを意味するのだった。
すなわちハーマンは、絵画売却前に信じていた1967年の訴訟のニュース・ヴァリューが期待外れであったとは言え、 それを超えるニュース・ヴァリューを自ら絵画に与えてしまった訳で、「人生、何がどう幸いし、 どう展開するかは時間が経ってみなければ分からない」ことを改めて教えてくれるのがこのストーリー。
だからこそ人生は生きているだけで 「夢や希望に溢れている」と解釈出来るのだった。

Yoko Akiyama


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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